テーマ 「生命・化学・健康」
平成23年1月13日(木)14日(金)の両日、関西大学100周年記念会館で「生命・化学・健康」をテーマに開催され、
一日目の特別講演
①「医工学の現状と展望―バイオメカニクスとバイオマテリアル」
(独立行政法人 物質・材料研究機構 生体材料センター
名誉フェロー立石 哲也 氏)
テーマ講演
②「地下水と生命・文化との関わり」(関西大学学長 楠見 晴重氏)
に出席してきました。
開会挨拶では先端科学技術推進機構 機構長 石川 正司氏から4研究部門「新物質・機能素子・生産技術(略称:N研究部門)、「情報・通信・電子(I研究部門)、「生命・人間・ロボテイクス(B研究部門)、「環境・エネルギー・社会(E研究部門)を核として推進しているとの活動報告があり、産官学連携を探る場として大いに活用してほしい旨が述べられ、また、共同開発研究の希望の方は積極的に担当コーデイネーターに話をしていただき、本学 研究と橋渡しをしたいとの要望がありました。
楠見学長からは、関西大学はスポーツ、フィギヤースケイト部門で高橋、織田選手が世界で活躍して有名であるが、グリンイノベーション、ライフイノベーションでも世界的にも高いレベルの研究をおこなっており、今後とも、医工連携の研究をさらに充実していきたいと力強く述べられ、文部科学省から12件の研究が認められ、私立大学ではトップ、また、国際シンポジウムの開催件数も私立大学では早稲田大学とならんでトップであることの報告がなされた。
①については、立石先生から次のような概要が説明された:
人体の機能を代替する生体材料の研究開発においては、材料工学的、生物・医学的な知識、技術はもちろんのこと機械工学的な設計・製造・評価技術の支援なしに満足な医療用具の実現は不可能である。最近の傾向として生体力学、生体材料と臨床医学分野の融合が世界的に進んでいるとの強い実感があるが、わが国ではどうであろうか。この様な欧米医療先進国の状況にもかかわらず、筆者が当分野と関わった30余年間、わが国の病院、大学、研究機関、企業における臨床と理工学の系統的かつ大規模な組織構築が遅々として進まないことに強い懸念を持つ。相変わらず個人的な関係を頼りにしていて、組織的な医工連携を構築する土壌が不十分である。30年前に比べかなり改善されたとはいえ、依然として、省庁、医と工、産と学、知域の間に存在する文化的障壁を小さくする努力をさらに続ける必要がある。
つぎに
1.バイオメカニクスとバイオマテリアルの相互発展
2.日本をとりまくアジアの趨勢
について詳しく語っていただきました。
先生が1970年から2年間、材料力学の研究のためチューリッヒ工科大学に留学されたことから1980年にかけて日本バイオマテリアル学会が設立された経過や、其の時に貢献された京都大学工学部機械工学材料力学教室の平修二教授や東北大学の横堀武夫教授を紹介され、先生のこの学会にかけておられる思いが印象的でした。
又、日本は深刻な高齢者社会に突入しておりますが、高齢者の機能低下で最も深刻なものは運動機能、特に荷重関節といわれる股・膝・足の各関節障害である。歩行機能の障害は最終的には体全体の生理機能を損なうことに直結しているので何としても救済する必要がある。わが国では現在年間10万個1000億円の人口関節が体内に設置され障害者の根治療法として確固たる地位を築いており、体内埋め込み型医療用具の中で断然一位の実積を誇るが、その80数パーセントを欧米からの輸入に頼っている。
人口関節は、機械工学者と医師の協力で実現に至った代表的なデバイスであるが、長期間の使用によるゆるみ、感染、イオン溶出による全身反応など依然として未解決な問題をかかえており、医療用具として平均寿命はたかだか10数年で、高齢者にとって手術のやり直しといった想像を絶する難問題を避けて通れないというのが実情である。これに対する有力な解決策は骨・軟骨再生である。再生医工学において必要不可欠な3要素は、細胞ソース、細胞担体、細胞刺激因子といわれている。細胞に基盤をおく医療用具すなわち細胞デバイスをデザインし、安全性が保たれた環境下で無菌的、無人的に製造し、デバイスの活性度を保ちながら保存したり、輸送する手段を確保するためには工学的設計技術が必要であり、細胞デバイスを大量生産するためには細胞工学の助けが必要であり、また目的とする組織、臓器にいたるまで細胞の分化・誘導や増殖を制御するためには細胞工学の助けが必要であり、また目的とする組織、臓器にいたるまで細胞の分化・誘導や増殖を制御するためには、細胞集団の間に存在する遺伝子やたんぱく情報をモニターするバイオインフォマテックスが必要となる。生体外で再生された組織が体内に移殖された後予定した機能を発揮するためには、あらかじめ再生組織が十分な強度、力学的特性や適切な生化学的特性を有するかどうかを無侵襲的に評価し、保障しなければならない。これは理工学が最も得意とする分野である。つまり、サイエンスとテクノロジーおよび医学が融合してはじめて再生医工学が成立するのである。
2.については省略。
最後に、立石先生が特に強調された「21世紀の花形医療産業となるであろう再生医療や遺伝子治療において、かつてのような埋め込み型の医療用具のような欧米先進国の草刈場の様相を繰りかえしてはならない。真の医工連携がわが国ではまだ十分に達成されたとは言いがたい。医と工の更なる相互理解と献身的な協力が望まれている。とくに関西大学が関西においてこの分野で先駆者となって引っ張っていってほしい」この言葉が印象的であった。
②については、楠見先生から次のような概要が説明された:
京都盆地はしゅ種な目的によって、地下水の利用が盛んな地域です。過去の研究により京都盆地の地下水賦存量を計算した結果、約211億トンとなりました。琵琶湖の貯水量が約270億トンであるので、京都盆地の地下には琵琶湖に匹敵する推量の地下水が存在していることになります。京都は平安の時代より、地下水と深く関わってきました。今日では、日本庭園、茶道、酒造り、京友禅等、京都の伝統文化につながっていますが、ここでは京都の地下水と文化、そして水と生命についてしゅ種な面から検討を行いました。
1.京都水盆
2.京都水盆と地下水収支
3.平安京と地下水
4.京の文化・伝統産業と地下水
(4.1 茶道と地下水
4.2 京友禅と地下水
4.3 京豆腐・湯葉と地下水
4.4 伏見の酒造りと地下水)
5.美味しい水・地下水
6.世界の水と京都
以上6項目にわたって詳しく講演されました。
1.については、なぜ京都盆地には地下水が豊富に存在するのでしょうか?京都盆地は南北約33km、東西約12kmの縦に長い形をしており、地質は上から約3万年前に薄く堆積した沖積層、約150万年~500万年前に堆積した洪積層、約1億~1億5千年前に堆積し岩盤から成る古生層が分布しています。地下水は主に沖積層、洪積層の砂礫層に多く包蔵されています。京都盆地に入ってきた地下水が流れ出る箇所は桂川、宇治川、木津川の3川が合流する幅約1kmの天王山―男山辺りです。天王山と男山は同じ古生層からなり、地下わずか30mのところでつながっています。すなわち幅約1kmの天然の地下ダムが存在しているのです。京都盆地の地下水賦存量を計算した結果211億トンとなりました。琵琶湖が270億トンですから京都盆地の地下には、琵琶湖に匹敵する水量が存在していることになります。先生は、このように自然の作用によって形作られた地下水の豊富な京都盆地を「京都水盆」と名付けられました。
2.京都水盆の地下水収支
京都水盆に流れ込む水は、淀川流域(猪名川水系は除く)に降った雨が元となります。淀川流域とは、降った雨が最後には淀川を流れて海に出て行く区域のことを言います。すなわち、滋賀県の余呉辺りに降った雨は、琵琶湖に注ぎ、瀬田川、宇治川から淀川へ流れます。琵琶湖には流入する川は多くありますが、流出する川は瀬田川の1ヵ所です。
京都水盆の地下水は、この約7050平方kmの面積に降った雨のうち、一部が地下に浸透して供給されます。この地域の年平均降水量は約1700ミリなので、年間降水量は、約120億トンとなります。一方京都水盆から流出する水は淀川のみで、年間平均流出量約90億トンとなっています。流域に降った雨水が表面流出する量と地下に浸透する量は、それぞれ約45億トンとすることができます。多くの地下水の存在が明らかになりましたが、これらをすべて使用することはできません。地下水の適正な維持管理と有効利用はこれからの課題です。
3.平安京と地下水
現在の京都御所は、平安京の時代は貴族や高級官僚の住む地域でした。これらの人達が庭に池を持つことが、当時のステータスシンボルであったようです。これらは寝殿造りの屋敷と大池泉式の庭園に代表され、紫式部日記絵巻、年中行事絵巻などに優雅な生活が描かれています。特に平安京の水を守るために建立された下鴨神社、現在の京都御所、美しい庭園を有する二条城あるいは神泉苑は、浅い地層から良質な地下水が得られる同じ砂礫層の上に並んで建てられている。
4.京の文化・伝統産業と地下水(この項省略)
5.美味しい水・地下水
京都の地下水はカルシュウム、マグネシウムの硬度成分、塩素イオンなどの無機塩が適度に含まれ、いわゆるやや硬水の部類に属します。このような地下水が京豆腐、湯葉、麩、京菓子の製造に合っているようです。又酒造りには鉄、マンガンの含有量が少ない水が適しているようですが、伏見の酒造りに利用する地下水は、その条件を満たしており、ここでも、京都の地下水と伝統産業が結びついています。
6.世界の水と京都
2003年3月、京都を中心に大阪、滋賀を会場とした第3回世界水フォーラムが開催されました。世界182の国・地域から2万4千人を越える人が参加し、351の分科会で活発な議論が展開されました。また、2003年は「21世紀は水の時代である」ことを世界にアピールすることになりました。地球上の水の総量は約14億立方kmといわれていますが、そのうち97.5%は海水で、残りの2.5%は氷や地下水として存在し、人間が容易に使える水はわずか0.01%しかありません。現在地球上には60億を超す人々が生活していますがアジア、アフリカなどの31カ国では絶対的水不足となっており、10億人以上に安全な飲料水が供給されていません。2025年には地球の人口は80億に達し、その時には絶対的水不足の国は48にまで増え、約17億の人々が深刻な水不足になると予想されています。その結果、水を確保する戦争が勃発することが十分考えられます。反対に水道の水を安心して飲める国は約20カ国程度といわれており、日本もその中に入っています。
日本は豊富な降雨と緑豊かな国土を持っていて、比較的良質な水を十分確保することができているので、一見このような水の問題は関係ないと思われますが、実はそうではありません。現在日本の食糧自給率は約40%程度で、60%は輸入に頼っています。主な輸入品は肉類、豆類、麦類、米などですが、これらを飼育、栽培するためには、多量の水が必要となります。輸入量を水で換算すると、年間439億トンもの水を間接的に海外から輸入していることになります。途上国の人々は1日一人当たりの生活用水は100リットル(日本人は323リットル)とすると。この量は約12億人分に相当します。このように、日本は世界の水不足に大きく関わっていることになり、このフォーラムでも日本の食糧自給率を上げることが強く指摘されたとのことでした。最後に、楠見先生から「長く水の文化を育んできた京都から、水の大切さを世界へと更に、21世紀は水の時代!だと発信してもらいたいと」願っておられたのが印象的でした。先生が開発された伏見の水「自然の秀麗」をいただきながらありがたい感謝の気持ちで講演を聴き終えた。
(関西大学経済人クラブ 代表幹事 田合 邦臣)